ロロノア家の人々

    “鬼は外の真相は?”
 


農作には打ってつけだったからだろか、
和の国では随分と長いこと、
月の満ち欠けを追って数えた暦を使っており。
世界中のほぼ殆どの国や地域が、
共通のそれとして使っている太陽の暦に替わったのは、
実を言えば、
100年経つか経たぬかというほども、割と最近のことなのだとか。

 「んん? 何で同じのに変えたんだ?」

田圃や畑の仕事、辞めちゃったわけでもないのによと、
大人であるはずのルフィお母さんが、
たいそう不思議そうなお声で真っ先に訊いて来たのへと。
まだまだ小さな坊やとお嬢ちゃんも、
うんうんどうして?と、
それはそれは稚(いとけな)くも無垢な眼差しへ、
好奇心を目一杯満たしての、キラキラさせて問うものだから。

 「そ、それは、だな。」

あれあれ旦那様、圧倒されましたか?
それにしたって言い淀んでどしますかと、
お茶をお出ししていた まだお若いお手伝いさんがハラハラする傍ら、

 「その方が便利だからですよね、旦那様。」

大きめの角卓がでんと置かれたお茶の間の片側、
お庭へと向いた縁側廊下から、
きちんと畳んだ洗濯物を手に“お邪魔します”と入っておいでのツタさんが、
そんな風に言葉を差し挟む。
それこそ暦の上では
“初春”だの“迎春”だのと謡った新年を越したばかりな、
まだまだ寒いばかりの睦月の末。
障子を仄明るく照らす陽も、
雲が走るか すぐにも陰って何とも弱々しい限りだが。
そんな中へと干し出したもの、
手早く取り込んで来たらしい働き者な皆のお母さんへ、

 「何で便利なんだ? ツタさん。」

と、これは、
大好きなルフィお母さんのお隣に座っていて、
そこから身を乗り出して来た坊やが、
お父さんに似たちょいと利かん気そうな目許を
ぱちくりと瞬かせて訊いたのへ、

 「そうですねぇ、何と例えてお話しすればいいものか。」

こちらもきれいに掃き清められてある畳へ膝を降ろすと、
そのままきちんと正座をしつつ。
う〜んと思案を巡らせるようなお顔になってのそれから、
ちらと視線を師範様の手元へ走らせたツタさんだったので。

 「うん…例えば、この湯飲みと同じでな。」
 「湯飲み?」

お父さんのは大っきいねと、
そのお父さんのお膝に
ぴとりとくっつき虫をしていた みおちゃんが付け足した。
手びねりという焼き物の、
ごつごつした大きな湯飲みを余裕で持ち上げる、
お父さんの大きい手も大好きなお嬢ちゃんなのは言うまでもなく。
その手が“そうだな”と言う代わり、
お嬢ちゃんの黒い髪を“いい子いい子”と撫でてから、

 「湯飲みに一杯だけの水を汲んでおいでと言われたとして。
  この湯飲みと、お前たちの使っている小さな湯飲みとでは
  同じ1杯でも量が違うだろう?」

 「うん。」
 「そうだよね。」

何かを説明するとか、分けっこしようとかいう時に、
物差しになる決まりごとがバラバラでは話がなかなかまとまらない。
ウチの里では桝(ます)に1杯はこのくらい、
いやいやウチだともっと大きいので測るぞと、
もめる原因にもなりかねないので。
だったらと同じのに揃えれば話もしやすくなるんでな。

 「日にちもな、同じ数え方で揃えておけば、
  何月何日に遊びに行きますとか、
  何日までに荷物を届けますっていう約束がしやすくなる。」

そんな風に話をまとめたお父さんへ、
凄い凄いとの感心半分、
新しいお話へ素直に興奮しちゃう みおちゃんだったのへ、

 「そうですよね。」

洗濯物を仕分けつつ、
ツタさんがさりげなく補足したのが、

 「お月様の暦はお天道様の暦とは1月半ほどズレておりましたから、
  例えば、お正月もね、昔はまだちょっと先だったのですよ?」

 「え〜、じゃあ昔はまだ年が明けてなかったのか?」

と、これは、子供たちに負けず劣らず、
好奇心が旺盛なお母様からの屈託のない問いかけであり。
ふっくらと柔らかそうな笑顔でもって
“ええ”と頷いたツタさんによれば、

 「お月様の暦では、年明けは如月の頭ごろ。
  その名残りが、節分と立春です。」

 「ほえぇ、そうなんだ。」

ホントだ、一月ずれてるぞ。
はい。この、一月と少しの少しが積み重なってって、
先では半月もズレてしまうのですよ、と。
判りやすい話方で説明して下さる大お母さんなのへ、
へぇそうなんだと、母君と坊やが納得するお向かいでは、

 「お父さん、凄い♪」

ツタさんが物知りなのはこのお家では公然の事実だが、
そんな大お母さんのお話より前に、
こういうことだという呼び水、
湯飲みの喩えを話し始めたゾロだったこと、
凄いねぇと喜んで見せるところは、
相変わらずのお父さんフリークっぷりの発露というところか。
お口がちんまり愛らしいところ以外は、
ルフィお母さんに瓜二つのお嬢ちゃんから、
凄い凄いとお褒めいただき、
まんざらでもないだろうゾロお父さん。
無邪気な笑顔を穏やかに見下ろしつつも、

 “毎度のことながら、ありがとうございます。”

ちらりと、素早い目配せの目礼、
話を上手に振って下さったツタさんへと向けるところが、

 “奥様とお変わりないところでしょうね。”

手柄をくれてありがとうと、律義にも構える廉直さがまた、
微笑ましいったらありゃしないと。
ツタさんも、それから一部始終を見届けたお手伝いさんも、
お顔をほこほことほころばせてしまわれる、
そりゃあ暖かいご一家だったりし。
そんな中、

 「節分は“鬼は外”なんだよね。」

お話の中に出て来たフレーズへ、素早く飛びついたのはお兄ちゃま。
丁度、卓の上へ出されていた菓子鉢に、
お茶うけの五色豆が入っていたこともあり。
白や緋色、黄色や緑といった彩りも愛らしく、
お砂糖で甘く覆われた炒り大豆、
小さな手に出来るだけを掴み取ってしまわれるところは、
厳密に見れば…ちょっぴりお行儀が悪いかもだが、
うんと延ばしてた小さな上背を元へと戻し、
そのお手々をはいと、
お母さんへ開いて見せるところが何とも可愛い。
みおちゃんが同じこと、お父さんへと構える場合は、
日頃のおままごとの延長ぽいのだけれど。
お兄ちゃまの場合だと、
ずっとずっと、あ〜んをしてもらって来たお母さんへ、
もう大きくなったから、自分だって出来るんだよと言いたげで。
そしてそして、ルフィの側もまた、

 「うんvv ありがとなvv」

俺ならもっとたくさん掴めると、
大人げなくも張り合うなんてことをしないのは。
一緒に食べようねという意味合いの“どうぞ”なのが、
“もうもう こいつめ〜〜っvv”と、
くちゃくちゃにしてやりたいほど可愛いと思えてやまないから。

 「でもでも、鬼を追い払うのでしょう?」

こちらさんはお父さんが手を延べて取ってくれたお豆、
嬉しそうに摘まんだお嬢ちゃんが、
またまたひょこりと小首を傾げて、

 「どうしてお豆でいいの?」

こんな小さい、それも食べるものなのにと。
そこが何とも解せないらしい。
お米もお豆もお芋さんも、
こぼしちゃあいけないよ罰が当たるよと、
どこのお家でも日頃から当たり前に言われている躾けの基本。
なのに“えいっ”て投げるなんて訝しいと。
小首を傾げたお嬢ちゃんへ、

 「俺が聞いたのは、鬼は小さいものが苦手だからだそうだけどもな。」

昔々、人の手に乗っかるほど小さな男の子を授かったおじいさんとおばあさん。
それでも元気に育てよと可愛がっての末に、
大きさはあんまり変わらぬままながら、それでも志の大きな子になった。
都へ行って仕官したいと言い出したので、
頑張っておいでと送り出された道中で、
お姫様が鬼に攫われそうになってたのと出くわして。
小さな針の刀を見事に振り回し、
追い払ったことからそのお屋敷に仕官が決まった。
ところがまたまた姫様が鬼に襲われ、
しかも今度は、お付きだったその男の子もパクリと食われてしまったが、
何のこれしきと、お腹の中で大暴れをし。
これはたまらんと鬼は今度こそ逃げてったんだが、

 「そんな目に遭ったもんだから、
  鬼はでっかい図体をしていても、
  小さなものが怖くて怖くてしょうがなくなったらしいって。」

 「ふ〜ん。」
 「そうなんだ。」

こらこら主題はその後で、
男の子は“打出の小槌”で大きくしてもらいましたとさ、だろうがと。
尻切れトンボになってた『一寸法師』を完結させたお父上。

 「俺が訊いた話では、
  鬼に攫われた娘がどうしても帰りたいと泣き続けるもんだから、
  少しの間だけ、家へ帰してやるって鬼が折れる話でな。」

そんなお話を紡ぎ始めて。
どちらかといや、
お喋りは陽気な奥方へ任せっきりの傾向が強い旦那様なだけに、
何だ何だ、どんなお話聞かせてくれるの?と、
お嬢ちゃんだけじゃあない、
坊やまでもが身を乗り出しての聞いており……。





     ◇◇



 「そん時に聞いたのが、
  娘さんが奇跡の里帰りをしたのを出迎えたお父さんが、
  よ〜く炒った豆を鬼へと渡してな、
  これを畑に蒔いて、芽が出たら迎えに来いって言ったんだって。」

 「あらまあ。」

炒ってあるのなら芽なんて出ようがない。
そういうオチになってるお話を持ち出したキャプテンさんだったのへ。
娘さんを渡すまいと知恵を絞ったお父さんへだろう、

 「ウチのパパあたりならやりそうだわ、それ。」

どちらかといや同世代の坊やたちよりずんと現実主義者のはずが、
御伽話へとは思えないほど、
真剣真面目にうんうんと感慨深げに頷いてしまったのがベルちゃんであり。

 「何だか“美女と野獣”っぽいお話だよね。」

そんなご意見を持ち出したのがフレイアお兄さん。
四季も目茶苦茶のアトランダムに襲い来るグランドラインの、
ラッキーなことには春島海域にいる坊やたちだったが。
長閑なお日和に身を延ばしつつ、
和の国だと今頃は、寒気団の押し寄せる最も寒いころだろうねと、
外海育ちの坊やたちが言い出したのをきっかけに、
甲板でのお茶を堪能しつつのそんな話題になっており。
グランドライン生まれと一口に言っても、
まだまだ年端も行かないクチ、
ほとんど故郷から離れなかったベルちゃんと違い。
フレイアさんの方はあちこちへの航海経験も積んでおり、
その折々にいろんなお話も聞いているものか、

 「恐ろしい野獣に嫁いだお嫁さんの話だから、
  そこんところも似ているし、
  故郷を恋しがる花嫁を可哀想にと思ってのこと、
  戻って来るならと約束して、
  実家へ戻っていいよって帰してやるところがね。」

あ・ホントだと、
そっちは知っていたものか、ベルちゃんがすかさず頷いて。

 「でも、そっちは花嫁が自分から戻って行くじゃない。」

打ち解け始めてたこともあってだけれど、
館へ独り、居残した野獣の男が気になって。
引き留められても振り切って、
館へ戻って…確かハッピーエンドじゃなかったかしら。
あれれぇ?そうだっけ?と、
衣音くんまでもが小首を傾げてしまい。
脱線し倒した末に、
何を言い合っていたのかも見失っちゃったお子様がたへ、

 「ま…主題は大豆の話だしね。」

豆乳を使ったヘルシーなまろやかプリン、
どうぞとおやつに出しながら。
厄落としになる食材だってのなら、ウチの菜園でも作ろうか?と、
のほほんと仰ってみたりする、
ひょろりと痩躯なところも、いっそシャープな印象の、
お料理上手なお兄さんだったが。


  ほんの数日ほど前に、
  航路の真ん中に浮き島しつらえての、
  略奪の限りを何年も繰り返していた、
  性根の悪い“強奪の島”を。
  たった4人と大イルカとで、
  通りすがりの行き掛けの駄賃、
  こてんぱんの壊滅状態にした方々だとは到底思えない、
  何とも のほのほとした話題であり。
  海賊だという名乗りあげの旗、
  そろそろ掲げても問題ないのかも知れないほどの、
  そんなお船で鬼祓いの大豆を育てようだなんて……


   どっちが鬼だかと言われること、請け合いでしょうねぇ。(う〜ん)





   〜どさくさ・どっとはらい〜  11.01.26.

  *カウンター 373、000hit リクエスト
    一心はは様 『ロロノア家設定で節分のお話』


  *アメリカでは大豆は飼料でしかなく、
   日本人が大好きな“豆腐”は、
   某大統領夫人が“健康にいいので挑戦しています”と紹介するまで、
   あんなもんは人間の食いもんじゃないとされていたそうです。
   お国が変わればいろいろと違うもんです。

   それはさておき。

   まだ名のない長男坊が好きですと、
   お言葉下さった方だと聞いて、
   ついつい“未来の海賊王(仮)”のお話に、
   くっつけてしまいました、すいません。
   スリラーバークで和刀を振るう剣豪のゾンビが出て来て、
   ワノ国の伝説の剣士がどうのこうのと言っておりましたので。
   和刀や和装が定番の東洋っぽい国が、
   グランドラインにもあるのでしょうかねぇ?
   そういや海軍本部も、
   どこか和風の、天守閣もどきだったしなぁ。

   でもって、長男坊が聞いた話というのは、
   お父さんの故郷、シモツキの村がある、
   和の国での節分話…ということで。

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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